この神社はリスが住むような自然の中にはありません。
だから、リスを見た!という証言が近所の子供たちから出始めた時には衝撃が走りました。なにせ、カブトムシの幼虫がいた(実際はたぶんコガネムシの大きいやつの幼虫だと思う)というくらいで騒ぎになるところですからね。
まあ、間違いなくどこかの家から逃げ出したリスが住み着いたんだと思いますが、しばらくはこのリスを捕まえることが子供達のあこがれに。
私も御多分にもれず、という感じでした。はっきり覚えていませんが、一度境内を走っているのを見たはずです。
そして、2回目。なぜかたまたま神社の裏に一人でいた時のこと。いました。走っていましたが、神社の建物を囲む塀の中に入ってしまいました。
このあたりの神社の標準的な構造なのかどうか、神社の本殿は石垣を組んだ土台の上に乗せられています。
そこに向かって拝むための拝殿が正面にあり、本殿と拝殿の間の距離を少し開け、二つの建物はブロック塀で繋がれています。
つまり、本殿と拝殿の間の空間は中庭のようになり、2メートルはあろうかという塀で囲まれ、中には入れないようになっています。
リスはその中に入ってしまいました。
しかし、少年は諦められませんでした。もう半世紀以上前のことだから白状しますが、その2メートルの塀を乗り越えて中に入ってしまいました。
ふだん臆病で、他の子供達がやっていることはいつも遠目に見て、まずいことが起こらなければ自分も真似してやってみる、という慎重な子供だったのが、あの小さな動物に惑わされて、我を忘れてしまったということです。
塀を越えるのも容易ではありませんでした。石垣とブロック塀の境目の段差を利用し、足がかりを見つけながらなんとか落ちずに乗り越え、中に飛び降りました。
リスはいました。どれくらいの時間そこに居たのか覚えてませんが、最後はリスを追いかけて社殿のすぐ前まで行き、前を駆け抜けるそのリスをあわや掴むというところまでいきました。
左手の薬指と小指を駆け抜けるリスの尻尾がふわっと触ったのを覚えています。
そのあと誰にも見られず(たぶん)、うまく中から出ることができたのは幸いでした。
あの、神様の目前でおしいところで取り逃がしたというのは、なんの人生の暗示なんでしょうかね。しかし、もしあの時尻尾を掴んでいたら、なんというか現実感がありすぎて、今となっては良くなかったような気もします。